日本第二位の高峰、南アルプス北岳に行ってきた。 その2

南アルプス北岳遠征の記録その1の続きです。その1はこちらからどうぞ。

日本第二位の高峰、南アルプス北岳に行ってきた。 その1


宿泊受付時に明日の天気を山荘スタッフに相談した。台風が迫る(というか直撃予定)明日の天気では仙塩尾根から仙丈ケ岳までは厳しいだろうという結論になり、明日以降の予定変更を決断。明日正午過ぎより天候悪化の予報であるので、翌早朝に間ノ岳までピストンした後、早々に八本歯のコル経由で下山することにした。これにより三泊四日の予定だった南アルプス縦走は一泊二日の北岳・間ノ岳山行に変更されたのである。

北岳山荘では水を徒歩往復90分の位置にある沢からポンプで組み上げており、山荘入り口に備え付けられている蛇口および山荘内の洗面台から無料で取水することが可能であった。

山荘受付前に自動販売機がありコーラが¥500。350mlビール(スーパードライとクラシックがあった)は受付にて1本¥1,000で購入可能(ちなみに槍ヶ岳山荘は¥500/本)

俺のスマホはDMM MobileのSIMカードなのでつまりDocomoの電波網を利用する。北岳山荘内では問題無く使用可能であった。明日以降の行程を考えたり帰りの交通手段を検討するのにスマホは大変便利である。

宿泊受付を終えて山荘二階の部屋に入るともちろん大部屋の相部屋で、中年男性二人のペアが先客としていた。軽く挨拶をしてよっこいしょと腰を据え自分の荷物整理を始める。

それを終えてスマホで調べものをしながらダラダラ過ごす。階下から賑やかな話し声が聞こえてきたが流暢な英語だったので外国人の団体のようである。早朝の甲府駅で見かけた団体かもなと思った。しばらくしてドタドタと一人の若い男が俺らの部屋にやってきた。欧米系のようである。自身の寝床を指して

「俺はここだぜ!(英語)」

と、挨拶なのか合図なのかよく分からないがとにかくそんな様なことを言われ俺は内心「(日本語でおk…)」と思った。そのまま彼は寝床を用意してそのまま床につきグースカと眠りに入っていった。

晩飯の時間になったのでTNKと食堂に向かった。食堂は最大30人程度まで収容可能な小規模なもので、入り口から一番遠くの二辺にそれぞれ窓が設けられており、夕暮れの明かりが差し込む。俺らの席は食堂奥の列の真ん中に二人対面する形で案内された。例の同室の外国人も少し遅れてやってきてTNKの隣に案内され座った。勝手がよく分かっていなさそうだったので白飯や味噌汁ををよそってあげた。

Photo by TNK

晩飯は鯖の味噌煮をメインに据えた定食で箸がよく進む。

と、例の外国人が向かいのおじさんに大皿の肉じゃがを指して「What is this?」と聞いていたがおじさんは合点していないらしく俺が「ソレハ、ニクジャガデース(英語)」と答えてあげた。そこから慣れない英語を駆使して色々話してみるとその外国人は名前をニコラスと言い、イタリア人だがアメリカ・カリフォルニアに住んでいて映画の編集を生業としており、手がけた映画はスターウォーズやら何やら(すごく有名なタイトルだった気がする)であるというところまで聞くことに成功した。年はたぶん俺よりも下だと思うが、仕事は現在訳あってブレイク中、日本には今現在二ヶ月間滞在しているとのことである。

そうこう話しているうちに外で夕日でも一緒に見ようという話になり外へ出てみる。三千メートルの稜線ではフリースを着ていても肌寒さを感じた。四方晴れ渡っており先ほどまで雲に隠れていた富士山が姿を現す。

夕日に照らされる北岳もまた良い。

TNKが気を効かせて買ってくれたビールを三人で飲みながら日没し辺りが暗くなるまで景色を堪能した。富士登山のあの惨状(山頂付近の渋滞と頂上の賑わいぶり)を思い返すとやはり富士山は登るより見るための山だなと思った。

日没迎えて部屋にもどりしばしダラダラした後、消灯時間の20:00PMを迎えて就寝。ニコラスは就寝時間ギリギリまで他の外国人登山客と談笑している。イタリア人はお喋り好きというのは本当のようだ。

山行二日目(旅程三日目)

ふと夜中に目を覚ますと轟音である。山荘が突風にさらされているとすぐに分かる。それからしばらくし外が白み、テン場の様子をうかがい知れるようになると窓の外に見えるテントが強風に煽られ形がひしゃげているのが分かる。もし自分があのテン場に泊っていたらきっと不安で一睡もできないと思う。後から聞いた話ではあの強風でテントが壊れてしまった人がいたようだった。俺もテン泊縦走は憧れるが今持っているテラノバ・レーサーフォトンをあの強風で張ったり撤収したりする自身はない。もっと使い込まなければ!

山荘の朝は早く、4:30AMから朝食だ。俺らは飯を食った後、稜線を伝い朝日を眺めながら間ノ岳をピストンする予定だ。ニコラスは朝食分の料金は払っていないとのことで彼はそのまま間ノ岳に向かった。外は相変わらずの強風だが、アイツはその格好で行くの?と思うぐらいの軽装だった。さらに靴はいたって普通のニューバランスのスニーカーである。しかも「テントも持ってるんだぜ」と聞いて見せてもらったテントはなんとただのビーチテントだった。いやそれどうなの?と思ったら案の定「寒くて寝られない」ってことでこれにはさすがに笑った。

朝食を終了し間ノ岳に向かった(間ノ岳登頂に必要なもの以外は山荘にデポした)

Photo by TNK

5:06AMに山荘を出発。山荘の主人から間ノ岳に向かう途中三か所突如風が強くなる箇所があるから十分注意するように、とのアドバイスを受けた。山荘出発直後は雲の合間から朝日が望めたがそれも束の間、すぐに雲に覆われてしまった。風は強いが”まだ”立っていられない程のものではない。

間ノ岳へは山荘から行き1時間30分、帰り1時間20分程度である。あれが間ノ岳か?と思わせるニセピークが何箇所かある。

北岳と間ノ岳のあいだ、中白根山。ていうかめっちゃ足長く見える。

様々なピークを超えてようやくあれが間ノ岳だという頂の麓に取り付いたとき、今までと比べ物にならない程に風が強まった。油断すると転倒しそうな程である。ちなみに俺らが間ノ岳に向かっている途中で山荘に戻るニコラスとすれ違った。風がとんでもなく強くて長居ができなかったとのことだ。

6:10AMに山頂に到達するとさらに風が激しい。吹き飛ばされそるんじゃないかと言う程だ。外国人だと思われるソロの男性が俺らより先にいたが彼の着ているダウンジャケットは強風にあおられて元のサイズの三倍はあろうかというぐらいにパンパンに膨らんでいた。拭いても拭いてもカメラレンズに大量の水滴が付くものだからこんなピンボケ写真しか取れなかった。

風強すぎワロエナイ。

写真を撮りすぐに山頂を離れる。当初の計画ではここからさらに進み仙塩尾根から仙丈ケ岳に向かうはずであったがこりゃ無理だろうなと思った。

相変わらず強風の尾根を1時間程で山荘に戻るとニコラスは食堂でまた他の外国人の団体客と談笑中である。ニコラスの話相手はアジア系アメリカ人のアンディと言い、人の良さそうなナイスガイキャラである。ああ、英語が堪能なら仲良くなれそうなのに…と思いつつ下山準備をしているとニコラスが「俺も一緒に行くぜ!」となり、結局一緒に下山することになった。

下りは北岳をトラバースして行く八本歯のコル経由で下山する。ハシゴが連続するコースなので下りは特に注意されたしとのコースである。

八木歯?
ハシゴが続く八本歯のコル

それにしてもニコラスはペースが早い。特に登山歴は長くないらしいが、50L程度のオスプレーのザックを背負ってあの足元の軽さは日本人と欧米人とでは基礎体力が違うのだとまざまざと見せつけられるようである。「ちょっと早いからペースを落とせ」と言うと「ああすまん、俺はちょっと歩くの早くてね…」と、通じたようで良かった。それにしても風が強くどれぐらい強いかと言うと以下の動画を見れば分かる。

 

ハシゴやがれ場で下りは注意が必要だが、昨年訪れた北アルプス・大キレットや涸沢から穂高岳山荘へのザイテングラートと比べるとそれ程危険度は高くないように感じた。ニコラスは終始楽しそうにしておりイタリア人は呑気で能天気というのは本当のようだ。

ハシゴを下って行くと雪渓が残る大樺沢に出る。ここは浮石や落石に要注意だ。早い時期(〜6月)ならばびっしりと雪渓で覆い尽くされ通行にはアイゼンを要する。この時期はすでに写真中央にあるように少々残るだけであった。

ニコラスはよく浮石にのってずっこけていた。

山荘から約5時間かかり広河原に到着。とても疲れた。登りはトレーニングのせいあってかそんなに疲れなかったのに、下りはヘトヘトである。足の裏が痛いし後日太ももの両側が筋肉痛になったあたり、下りのトレーニングも必要だなと思う。

広河原に到着してからバスの時間までは1時間、広河原山荘でニコラスは山菜うどんを注文した。そういえばこいつは朝食も食べていないし、山行中も全く食べ物を口にしていない。おまけに「全く疲れていない」ときた。イタリア人は燃費も良いというのは本当のようで…というのは聞いたことがないな。俺は食べてもすぐに腹が減る。この燃費の悪さは…トレーニングで何とかなるのか?

昨日のお礼とのことでビールを奢ってもらった(¥450/本)

乗り込む予定の広河原発12:00PMのバスは11:40AM頃バス停にやってくる。バスがやってきた頃に乗り込み席についたところで雨が降り出す素晴らしいタイミングだ。その後バスは約22kmある林道を1時間程度で下る。俺は疲れておりその間眠ってしまった。甲府駅に着いてニコラスと別れた。彼はこのあと京都に行くか和歌山のトレイルを行くかホステルに戻って決めるとのことだった。

甲府駅周辺には温泉が無いので俺らはタクシーで”草津温泉”に向かった。”草津温泉”と行っても群馬のそこではなくそう名乗る銭湯である。番台のおばちゃんも山をやるようで南アルプスのあちこちに行ったという話を聞かせてもらった。

再びタクシーで甲府駅に戻ってからはネットで予約していたホテルにチェックインし駅前でラーメンを食べコンビニで酒を買って部屋で晩酌することにした。英語を駆使した脳みそが興奮しているのか疲れているはずなのに寝つきが悪かった。

旅程四日目

次の日の朝、甲府駅発新宿行きの高速バスで東京入りし東京駅に向かう。台風の影響で羽田から飛行機が飛ぶか分からなかったし、次の日だと新千歳に着陸できるか分からなかったので新幹線で帰ることにしたのだ。東京駅の自動券売機でチケットを買おうとすると普通席は3列シートの真ん中しか空いていない。グリーン車ならば…窓側が空いている。

グリーン車席を購入した。TNKとはここで別れて一路北海道へ。

新幹線もなるほど快適である。北海道新幹線が札幌まで延伸した際の東京-札幌所要時間は5時間1分と見積もられているので、札幌から新千歳に移動し羽田から東京駅へ移動した場合、飛行機出発1時間前に空港へ着くことも考慮し勘案すると4時間8分と見積もられ、北海道新幹線も価格次第では十分に飛行機と勝負できるのではないかと思う。

今現在北海道新幹線は新函館北斗までの営業なので、ここから札幌への移動はJRか高速バスとなる。札幌行きのJRは台風の影響で全便運休であったので高速バスに乗り換えて札幌を目指す。スマホでネット予約した際に残席1だったので覚悟はしていたが、やはり3列シートの真ん中であった。窓側はカーテンで遮蔽できるが真ん中はそのような設備は無いので函館-札幌間をひたすら煌々と輝く蛍光灯に照らされながら寝るに寝られない移動を約5時間。そこから地下鉄に乗り換え自宅に着いたのは23:00PMを回った夜中であった。ちょっと金にものを言わせた形の旅になったが帰らなければならないので仕方ない。

さらに車を新千歳空港近辺の民間駐車場に止めていたので、翌日の朝に再び澄川から高速バスで新千歳空港まで行き、車を取って再び自宅に戻って来たのである。

自宅に戻ってからもおちおちと休めず新居への引越し準備から荷物の移動、翌日は彼女の荷物をレンタルした軽バンで運び、火曜日には業者による物品移動があり、ようやく新居での生活がスタートしたと思ったら、地震による停電があったりと色々あって今回の山行記録のアップが遅れてしまった次第だ。

明日はトムラウシの日帰りを予定している。今シーズン最後のデカい山になりそうだ。ケガしないように行ってきます。

Pocket

日本第二位の高峰、南アルプス北岳に行ってきた。 その2” への1件のフィードバック

コメントを残す